魅力あふれるローマの歴史

地元の人々にとって、ローマは「世界の中心」です。ローマという都市が持つ影響力と豊かな歴史は、世界の人々の文化や姿勢、価値観の形成に関わってきました。毎年四月にはローマが誕生した日を祝う行事が催されます。世界屈指の魅力をもつ都市の刺激的で優れた歴史をたたえる絶好の機会です。古いことわざにもあるとおり「ローマは一日にして成らず」なのです。

起源

ローマには5,000年以上前から何らかの形で人間が居住してきたとされています。現在私たちがローマと呼んでいる場所について、それが何年に建ったものなのかは歴史学者の意見が分かれますが、一般的に認識されているのは紀元前753年です。実際には正確な年は定かではないかもしれませんが、古代ローマ人たちは、ローマ建国の日は4月21日と信じていました。この日には、羊の守護の女神パレスにささげる祝祭が催され、ローマ建国伝説に登場する2人の建国者の母、イリアをたたえます。

考古学的発見によれば、ローマにはラテン系民族が入植し、その後、パラティーノの丘やテヴェレ川界隈の田園の共同社会から発展したとされます。ローマの初期の歴史は、考古学者や歴史学者によって今なお調査が続けられていますが、今も国民には広く神話が好まれる傾向があります。なかでも、ローマ建国伝説の2人の建国者ロームルスとレムスの神話は特別なようです。

ロームルスとレムス

ローマ神話によると、ロームルスとレムスは双子の兄弟で、ローマの建国にかかわったとされます。ふたりは軍神マルスの息子で、トロイアの勇者アイネイスの子孫であると言われています。生まれてすぐにテヴェレ川に捨てられたのは、双子が大人になって自分の座が奪われることを、時の王が恐れたため。しかし、双子は雌オオカミによって育てられ、その後羊飼いに引き取られました。

やがて大人になり、ふたりは自分たちで都を建てようとします。ところが、ふたりの間に諍いが生じて、ロームルスがレムスを殺してしまいます。こうしてロームルスはローマを建国し、初代王として天下を取ったのです。ローマの言い伝えによると、その建国から紀元前509年までの間、ローマは7人の王の支配下にあり、その後期はエルトリア人の王たちが支配していたとされます。その後、共和政ローマへと移行し、最終的にローマ帝国が誕生しました。

ローマ帝国

紀元前44年にはローマは世界最大の都市となり、英雄ユリウス・カエサルとその後継者である養子アウグストゥスがローマ帝国の繁栄を築きます。その支配は、全盛期には欧州全域と、アジアおよびアフリカの大半の地域まで及ぶようになります。この巨大な権力は、ローマ人の発想や価値観、建築にも影響を及ぼし、ローマ帝国全域で同じものが受け入れられるようになりました。これらの価値のなかでも広く普及したのがキリスト教の信仰です。キリスト教は西暦1世紀にローマ帝国に広まり、380年には国教としての地位を確立しています。キリスト教への転換により、ローマ司教(のちのローマ教皇)は西ローマ帝国の高位聖職者に任命されました。ローマは現在も宗教都市として栄え、バチカンは今なおキリスト教の総本山とみなされています。

象徴的な建築物

宗教だけでなく、古代ローマは印象的かつ象徴的な芸術と建築でも知られています。ローマ帝国のなかでも象徴的なシンボルは、世界最大の規模を誇る円形闘技場のコロッセオ、元々は神殿として建てられたパンテオン、そしてローマの生活の中心であったフォロ・ロマーノです。

また、ローマはルネッサンス、バロック、新古典主義時代を通じて繁栄しました。ミケランジェロのカンピドーリオ広場、クイリナーレ宮殿など裕福な貴族が住む宮殿、トレヴィの泉、ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世記念堂はすべて、ローマの文化を象徴するシンボルになっています。

現代のローマ

現代のローマは、偉大な過去に敬意を払いつつ未来にも目を向けています。自由気ままな時代が、スタイル、ラグジュアリー、伝統的なイタリアの優雅さの拠点としてのローマの地位を固めました。このような特性を引き継いでいくことを現代のローマ人は喜んで受け入れています。ローマという都市は、未来に心を躍らせながら、歴史を重んじ続けているのです。ここでは、昔ながらの寺院のすぐそばに、最先端を行く高級ファッションブランドが店を構えています。一流シェフたちが、伝統的な料理に目新しい工夫を加えています。刺激的な現代アートと古典的なルネッサンス時代の絵画を一緒に楽しむことができます。